悲劇的なデータを美しく視覚化することの是非
広島市への原子爆弾投下を視覚化したデータビジュアライゼーションが、興味深い議論を巻き起こしていたので紹介します。
Why You Don’t Make A Mindlessly Beautiful Visualization Of A Horrific Event
データの視覚化は、時として冷たい印象を与えてしまうことがあります。
上記記事では、特に悲劇的なデータ(今回の場合は広島市への原子爆弾投下について)を美しく表現することの是非についてTwitterで生まれた議論を掲載しています。
問題点としては、「美しい」ということより、美しく表現することが目的化してしまっているように見えるデータビジュアライゼーションは、戦争被害などのデータを視覚化する際の表現として適切なのか? が焦点となっています。
自分自身としては、ビジュアルを主軸としたメディアアート的データビジュアライゼーションを否定するところではないのですが、やはり対象とするデータによっては適切ではないような気がします。
この辺は人によって価値観の違うところではあると思いますが。