散り際の桜と死のイメージを重ねる感性は近代に作られたものらしい。
フィラー記事。
アレルギー体質なので、季節の変わり目は辛く桜の咲くころにはパッと散ってしまいそうです。
先週の週末から体調を崩しなんも出来なかったので、ずーと横になりながらネットで面白そうなドキュメントを漁っていました。
「日本の<<疑似伝統>>」はそのうちの一つです。
「日本の伝統、特に新道に関しては古来からの風習のように伝えられているが実際には明治になって新たに作られたモノが多いよー」という内容です。いわゆる国家新道が作られる過程で、一緒に作られた伝統というのがわりと沢山あるらしいです。
知らなかったのですが、神前結婚式も今のスタイルになったのは1900年に行われた皇太子嘉仁親王と九条節子が結婚からだそうな。
また、「散り際の桜」と「死や人生」を重ねるようなイメージも、近代に入ってから意図的に強調されたものらしいですね。(江戸時代の後期あたりからなかったわけではないけれど、決して主流な感性ではなかったらしいっす)
まぁ、これに関しては「パッと咲いて散るのが華」みたいなよくわからんマッチョイムズと結びつかなければ、風流なので好きですが。
他にもいろいろと面白い内容が多いのでお勧めです。
日本の<疑似伝統> Distortion of Japanese Tradition
全然関係ない話ですが「桜の樹の下には屍体したいが埋まっている」という台詞を聞くと何故か坂口安吾の名前が浮かびます。実際には梶井基次郎なんですが。これ自分だけかと思ったら、意外と同じようにイメージする人結構いるらしいです。